現在、世界各地から「名画」、「至宝」といわれる作品が飛行機に乗って、絶え間なく日本に運ばれてくる時代です。しかし、戦前の日本でヨーロッパにある作品を観るには、彼の地に赴くほかに、ほぼ手立てがありませんでした。明治以降、日本からヨーロッパに渡る画家は年を追うごとにふえ、それは日本が西欧文明を積極的に享受しようとする姿勢の表れでした。
向井潤吉がはじめてヨーロッパの地を踏んだのは、昭和2(1927)年のことです。 それより足かけ3年間、向井はパリを中心にとどまり、懸命に画家としての勉強を重ねました。とりわけ彼が集中したのは、ルーブル美術館での摸写でした。向井はここで油彩画の技法、絵画の材料、筆の種類と使用法、そして作品の背骨をなす絵画の構想などを学びぬこうとしました。彼が日参したルーブル美術館は、芸術の歴史的地層を明らかにしてくれる美の殿堂であり、それゆえに、画学生にとってはかけがえのない、芸術の真理と出会う教場だったといえましょう。
本展では向井潤吉が貪欲に、そして心血を傾けて制作した摸写作品を中心にご紹介します。そして、この修練の成果が「民家」を題材にした作品にいかに反映したのかを探りたいと思います。