猪熊弦一郎(1902-1993)の作品は、明るく華やかな色遣いが特徴の一つに挙げられます。特に晩年の作品では、しばしば赤、黄、青といった鮮やかな色が使われ、それらの絶妙な組み合わせが強く明るい印象を放っています。
猪熊は初期の作品では画面のポイントとして目をひく色を用いましたが、ほどなく色の対比を活かしながら一つに調和した美をつくり出すことを考えるようになりました。これは長い画業の間いつも意識されていましたが、この試みが顕著にあらわれるのは1950年前後の作品と、晩年1980年代以降の作品えす。
まず1950年前後は、室内の女性や猫をモチーフにした作品を多く描きましたが、画面上での色と色の関係を重視して、背景や衣服などは現実とは異なる、猪熊自身が決定した色を用いています。さらにモチーフと背景や衣服などは現実とは異なる、猪熊自身が決定した色を用いています。さらにモチーフと背景のいずれも大きな色の塊で描いて画面を埋めつくしました。これらの作品では互いをより強調して見せる、ありきたりでない色の組み合わせによって、いかに高い均衡まで持ち込むかを追求しています。
また晩年、1975年から健康上の理由で冬の間、ハワイで制作を始めるようになってからは、濃淡や陰影のない色で描いた様々な形を画面全体に配置した作品を制作しました。ハワイの太陽光線の美しさに呼応するかのようにますます鮮やかになった色は、画面のあちこちに置かれて強い対比を生みます。猪熊は当時の日記で「単化」、「フレッシュ」、「強い」という言葉で自らの作品を評しています。求める絵画を得るために、対比を活かしつつ同時に全体としての安定をいかに与えるかを図りました。
本展では猪熊の色鮮やかな作品のなかでも色の対比という点に注目し、対比を活かして画面全体を描きあげた作品を通して猪熊の天性の色彩感覚を感じ取るとともに、そこに生み出された新しい美を紹介します。