日本を象徴する山、富士山。日本人は古来より、この山の崇高な姿を信仰の対象として崇め、その端正な形を美術工芸品に表してきました。
江戸時代になると、街道や宿場が整備され、旅の途中で富士山を間近に見ることができるようになりました。また、富士山信仰の広まりとともに富士登山が流行し、登頂することで祈願成就を得ようと願う人々も増えてきました。こうして富士山は、遠くに崇めるものだけでなく、近くにあって親しみを感じる存在ともなりました。
富士山に寄せる人々の感覚の変化に一役買ったのが浮世絵でした。浮世絵には、東海道の名所や土地にまつわる物語などとともに、様々な富士山の姿が描かれ、富士山頂までの道のりを詳細に示した案内図が著されました。浮世絵の精緻な彫り技と鮮やかな摺り色は、それを手にした人の旅心を一層駆り立てました。
本展は、富士山に関する美術工芸品を多岐にわたり収集された、静岡市の故 服部和彦氏のコレクションの中から、浮世絵を中心に約50点を紹介いたします。
大胆な構図で富士をとらえた葛飾北斎、東海道の風情を叙情豊かに描いた歌川広重、富士の山塊に迫った歌川貞秀。ひととき江戸時代の旅人となって、富士をめでる旅をお愉しみください。