浜田知明(1917年熊本県生)は、人間心理の暗闇や社会に対する疎外感、また、現代社会の不条理性などを、エッチングとアクアチントを主とする版画の技法により、時には鋭くえぐるように、時には優しくユーモラスに描き出し、「人間の本質とは何か」を探究してきた作家です。
制作の原点となったのが、東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業した1939年の12月から終戦まで続いた延べ5年(途中満期除隊)に及ぶ軍隊生活でした。戦後本格的に版画制作を開始した浜田は、1951年、戦争という究極の暴力行為が生み出す凄惨な情景、敵味方を問わず人を虫けらのように扱う非人道的な体験を描いた「初年兵哀歌」シリーズでその時代性を背景に注目を集め、さらに、1956年には第4回ルガノ国際版画展に「初年兵哀歌(歩哨)」(制作は1954年)を出品、次賞を受賞し、国際的にも高い評価を得ました。
その後、現代日本美術展を主な舞台に話題作・問題作を次々に発表、1979年にはオーストリアのアルベルティーナ美術館・グラーツ州立近代美術館で回顧展が開かれ、1989年フランス政府のシュヴァリエ章(芸術文学勲章)を受章するなど、国内外で活躍し、現代日本を代表する版画家に数えられています。
本展では、「初年兵哀歌」シリーズをはじめ、自身が不安定な精神状況から回復していく過程を表現した版画集『曇後晴』(1977年)、核戦争に代表される戦争の非人間性を問うた「ある日…」(1982年)、「ボタン(A)」(1988年)など代表作約100点により、浜田知明の独創的な版画世界を紹介します。