米田知子は現在ロンドンを拠点に国際的な活躍をしている写真家です。1965年に兵庫県明石市に生まれ、イリノイ大学シカゴ校とロンドンのロイヤル カレッジ オブ アートで写真を学んだのち、世界各国に被写体を求めながら、独自の世界を確立しました。昨2007年には「ヴェネチア ビエンナーレ」第52回展に招待出品するなど、近年の活躍はめざましいものがあります。本展は、初公開となる新作シリーズのほかに代表作である「シーン」と「見えるものと見えないもののあいだ」、「シーン」の延長上ともいえる「雪解けのあとに」、写真家としての視線の特徴がよくうかがえる初期作品「トポグラフィカル・アナロジー」の各シリーズで構成されます。このように制作活動の全体像を見渡せる規模の個展は今回が初めてです。
写真家としての米田知子は、被写体の観察とその記録という写真メディアの特徴に忠実です。現在も撮り続けている「シーン」(1998-)のシリーズは、一見なにげない山野・海浜・市街地などの情景(=scene)を写したものです。しかし、それらは、歴史の一齣の舞台となった場所、国家・民族・社会の集団的記憶と結びつく地点、たとえば第一次・第二次世界大戦において戦いがあった地点などです。ただ、その場所の意味がわかるのは、個々のタイトルを読んだときであって、写真の中の風景自体は「なにげない」ものと映るでしょう。歴史的な出来事や人物の記憶を共有するために公共の場所に記念碑(モニュメント)を作ることは珍しくありません。が、「シーン」に出てくる場所は、そのような「記憶装置」が無いかあるいはほとんど気づきにくい、しかしそれでもなお、歴史的な時間や記憶が確実に刻み込まれた場所なのです。
米田知子の写真の特徴は、このような「見えないものを見る」視線とでもいうべきものにあります。その視線に気づいたとき、鑑賞者は米田知子が提示する静謐な風景が奇妙にざわめきはじめることを感じるでしょう。同時に、カメラのレンズという機械の視線が表現行為にもたらす可能性にあらためて気づかされるに違いありません。