能楽が日本を代表する伝統的な舞台芸能として、現代にも脈々と生き続けていることは、言を俟たないでしょう。しかし、能楽は常に隆盛を誇ってきたわけではありません。室町時代に大成された能楽は、寺社の法楽として育まれ、足利将軍家の引き立てによって貴顕に賞玩されるようになりました。そして江戸時代には、武家の式楽として儀式に欠かせない芸能へと発展したのです。しかし、このような順調な歩みも、明治維新による幕藩体制の崩壊をうけて大打撃を蒙ります。式楽としての演能が不要になり、大名家が抱えていた能楽師や演能の諸道具が、行き場を失ってしまったのです。
そのような苦難の時期に能楽界を支えたのが、さまざまな階層に広がっていた能楽愛好者でした。このたび一括して登録美術品となった能楽コレクションの設立者も、そのひとりです。大正から昭和にかけて実業界で活躍するかたわら、自らも能を舞い、大名家などから放出された能面・能装束などを核に、コレクションを形成していきました。
特集陳列「能楽と美術」では、これまで全貌が知られていなかったこの能楽コレクションを初公開します。大名家伝来の能面・能装束などとともに、近代に製作された能装束をも含んだ作品群は、江戸時代から現代への橋渡しとなった時代の、能楽をめぐる美術の諸相を伝えてくれることでしょう。