イギリスにおける印刷技術の黎明は、ウィリアム・カクストン(1422?‐91)によって告げられました。グーテンベルクによって発明された印刷技術は、ほどなくこのカクストンにより本国に伝えられ、以後数百年にわたり、ヨーロッパ各地同様、多種多様な書物が印刷されました。とりわけ19世紀に入ってからの隆盛は目をみはるものがあります。ブレイクやターナーにより挿絵が手がけられ、子どものための絵本も次々に登場しました。多くの「美しい本」が世に出ており、それは社会の成熟と密接に関連した出来事でした。そうした背景のもと、19世紀末から20世紀初めにかけて興ったプライベート・プレスは、アーツ・アンド・クラフツ運動を牽引し、ついには「世界三大美書」(ケルムスコット・プレスの『チョーサー著作集』、ダヴズ・プレスの『欽定英訳聖書』、アシェンディーン・プレスの『ダンテ全集』)と謳われる美麗な書物を生み出すに至りました。
本展は、カクストンに始まるイギリスの美しい本の歴史を、「三大美書」に代表されるプライベート・プレスの仕事を経て現代まで、およそ130点でたどるものです。第一部では揺籃期から20世紀初めに至る書物の流れを、第二部ではイギリス国内で最も権威のある製本装丁家協会「デザイナー・ブックバインダーズ」の作品を紹介いたします。絶えることなく現代にまで受け継がれてきた技術と新たな創意、そして何よりも書物をのちの世に伝えた装丁家をはじめとする技術者の本に対する思いを感じとって頂ければ幸いです。